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tonarie北広島
エスコンフィールドHOKKAIDOホテル北広島駅前

北広島のまちの在り方、
そして未来をつくる。

エスコンフィールドが灯した熱を、駅前の日常へ。
人が集い、新たな夢が生まれる場所へ。

  • 森 晴加Mori Haruka

    開発事業本部 北海道支店 サブマネージャー
    2021年度入社

#1

ライフ・デベロッパーとして、
北広島の未来をつくる。

北海道、北広島。いま、この地には、かつて想像できなかった熱がある。その熱源は、「エスコンフィールドHOKKAIDO」。この熱気を駅前の再生へとつなげるために動き出したのが「北広島駅西口エリア活性化事業」だ。北広島市とエスコンが連携し、駅前の価値を新たに生み出してく取り組みである。その第一弾として生まれたのが、駅直結の複合開発「tonarie北広島」と「エスコンフィールドHOKKAIDOホテル」。エスコンにとって初となる、商業・ホテルの新築複合ビル開発であり、行政・球団・民間が同じゴールを見て走る、稀有な挑戦だった。メイン担当は、開発事業本部、北海道支店の森。「開発の業務自体が初めて。商業も、ホテルも、正直、右も左も分からないところからでした」。それでも森は、その最前線に立つことを選んだ。地元・北海道で、全国から注目される、まちの転換点に関われる。そんな機会は、人生でそう何度も巡ってこない。森の挑戦とともに、北広島の新しい物語が動き出した。

Research

まちに寄り添い、まちと共に発展していく。

プロジェクトチームははまず、現地を歩き、北広島のまちを見た。北広島は、札幌のベッドタウンとして人が暮らす一方で、郊外には倉庫や機械系の工場、スイーツ工場などが点在する地域でもある。働く気配やものづくりの空気が、静かに根を張っている。プロジェクトチームは、その「らしさ」を消すのではなく、生かしたいと考えた。赤レンガの表情、鉄サビを想起させる質感、あえて配管を見せる天井。そんな意匠が施設には散りばめられている。目指したのは、このまちが積み重ねてきた時間を受け止めたうえで、北海道、北広島のいいものが集まり、地域の魅力を体験できる場所をつくること。まちに寄り添い、まちと共に発展していく。その意思を一言で示したコンセプトが、「KITAHIRO “THE GOOD” BASE」だった。

#2

暮らしを育て、人生の風景をつくっていく。

建設地は元々、樹木が茂り、子どもたちが走り回る駅前の広場だった。再開発の名のもとに、その日常を消してしまってはいけない。そこに確かにあった暮らしの風景を、別のかたちで未来へ引き継ぐ。辿り着いた答えが、建築を「立体公園」として構想することだった。階段状のテラスを幾層にも重ね、広場を上へ、上へと持ち上げていく。建物内には吹き抜け空間「ライブアリーナ」を設け、椅子や滞在スペースを点在させることで、地上にあった広場の機能を、館内と屋外へと広げていった。森は、語る。「北海道でテラスを維持するのは、正直楽じゃないです。冬はヒーティングも必要になる。でも、駅前にあった日常を残したかった」。効率や合理性だけを優先するなら、違った選択肢もあった。それでもプロジェクトチームは、北広島の暮らしを育て、人生の風景をつくっていくために、ただ買い物をするための商業施設ではなく、人が集い、憩い、時間を過ごせる場所にすることを選んだ。そこには、エスコンが掲げる「ライフ・デベロッパー」の理念が、確かに息づいている。

Decision

変えたいんじゃない。未来へつなげたい。

リーシングは、このプロジェクト最大の山場だった。象徴的だったのが、長沼町の人気店「暁 patisserie FURUTA」の誘致だ。車でしか行けない場所で、長く愛されてきた店にとって、駅前の商業施設は未知の世界だった。「お断りさせていただきたい」最初の返事は当然だった。それでも森は、引かなかった。「tonarie北広島に入ることで、子どもからお年寄りまで、もっと多くの人にこの味が届くようになります。私は、いま大切にしているものを変えたいんじゃない。未来へつなげたいんです」。何度も足を運び、想いを伝え続けた。そして何度目かの訪問で返ってきたのは、「分かったよ。森さんを信じる」という一言だった。その決断が次の決断を呼び、また次へとつながっていく。こうして、「KITAHIRO “THE GOOD” BASE」を体現する北海道のいいものが、集まっていった。

#3

完成であると、同時に始まりでもある。

「商業施設は、生き物」。建物が立ち上がっていく最中に、入るテナントが変わる。すると今度は、必要な電気容量も、排水の位置も、厨房の条件も変わっていく。 一度決めた前提も、そのたびに見直しが必要になる。図面は書き換わり、現場の段取りも組み直しになる。商業の決定が遅れれば遅れるほど、ホテル側の仕上げや引き渡しにも響いてくる。森は、テナントが決まるたびに、設計と施工の間に入り続けた。 「工程に影響を出さないために、どこまで調整できるか」。その問いを、何度も繰り返した。
そして開業の日。駅から直結するデッキを通って、初めてお客さまが施設に入ってきた。 「人が入ってきた瞬間、命が吹き込まれた気がして。…泣けました」。踏ん張り抜いた時間が、ようやくこの街の景色になった。今までの苦労がすべて報われたような、感動がそこにあった。そして、それは「完成」であると同時に、「始まり」でもあった。

Construction

この街で生まれた熱が、
次の世代の夢を動かしていく。

「エスコンフィールドHOKKAIDOホテル北広島駅前」のロビーには、野球をテーマにした演出が散りばめられている。11階には、球団とコラボレーションした「ファイターズフロア」も設けられ、客室や廊下には球団ロゴや歩みを感じさせる展示が配されている。そこにあるのは、ただ泊まるための空間ではない。まるで、物語の中に身を置くような滞在体験だ。
そして、その想いは「tonarie北広島」の壁画にも刻まれている。地元の子どもが育ち、プロ野球選手になり、メジャーへ羽ばたき、また故郷へ帰ってくる物語。それは野球の物語であると同時に、この街の未来を担う子どもたちへ向けたメッセージでもある。エスコンが目指したのは、ただホテルや商業施設をつくることではない。この街で生まれた熱が、次の世代の夢を動かしていくことだった。

After story

北広島の未来を、
三位一体となって切り拓いていきたい。

賑わい不足と言われてきた場所に、新たな価値を見出し、街を書き換えていく都市開発。それは、北広島の未来と、このまちの在り方そのものを考えるプロジェクトでした。地元・北海道で、そんな意義ある開発に携われたことを、本当にありがたく感じています。ただ、このプロジェクトは、まだ終わりではありません。第二弾として分譲マンションの計画が進み、隣接する公園のリニューアルや次の土地活用も、いまなお、議論の途中です。行政との会議も100回を超え、開業した今も、向き合うべきテーマは増え続けています。ホテルも同じです。今回、運営委託(MC)という形を選んだ以上、稼働率や収益は、そのまま事業の結果に直結します。それでも、オフシーズンでも70%を超える稼働率を維持できており、インバウンドやウィンタースポーツ、空港近接を活かしたビジネス利用、さらにはエアラインクルーなど、新しい使われ方も少しずつ見えてきました。私はこの街を、もっと「住みたい・訪れたい」と思える場所に、そして、もっと「住みやすい」と思える場所にしていきたいです。これからも北広島の未来を、三位一体となって切り拓いていきたいと思っています。